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心理学ワールド 85号 小特集 イヌとヒトとのコミュニケーション 永澤 美保(麻布大学) | 日本心理学会

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Academic year: 2021

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25 小特集 ヒトと動物のコミュニケーション シグナルは種によって異なるもの の,異種間を含めて,哺乳類に共 通する絆形成メカニズムの存在を 示すことは,とかく主観的に語ら れがちな母子関係を共通のものさ しをもって客観的に評価し,議論 できるようにするという意味で, 非常に有意義だと考えている。 みつめあいの起源  冒頭のイヌたちは,親子で常に 一緒に行動しており,イヌ同士の コミュニケーションが(よくも悪 くも)活発である。しかし,親きょ うだいで優しくみつめあうことは ない。そもそも動物は「みつめあ い」をしない。ヒトも含めて,動 物にとって直視は威嚇を意味する からである。しかし,ヒトはみつ めあいを親和のシグナルとしても 使っている。他の動物と同様に, イヌにとっても直視は威嚇を意味 するが,おそらく彼らはヒトに対 しては「みつめあい」を使い分け ている。なぜイヌはそのような使 い分けができるようになったのだ ろうか。 のような機能があるのか調べた (Nagasawa et al., 2015)。ヒトの 幼児のアタッチメントタイプを調 べるストレンジ・シチュエーショ ン・テストの設定からヒントを得 て,飼い主とイヌに,初めて訪れ る実験室内で自由にふれあっても らったところ,飼い主をよくみつ めるイヌとその飼い主の双方の尿 中オキシトシン濃度が上昇した。 オキシトシンはもともと分娩や授 乳に関わるホルモンであるが,最 近は社会行動を制御する働きが注 目されている。そこでイヌにオキ シトシンを投与したところ,イヌ の飼い主への注視時間が増加し, 飼い主の尿中オキシトシン濃度も 上昇したのである(ただし,メス イヌ限定)。少し不安な状況で, 飼い主へ向けたイヌの注視がトリ ガーとなり,お互いのオキシトシ ン分泌と親和的な行動のやりとり のポジティブ・ループがつくられ たのである(図1)。  このようなオキシトシンと親和 的な社会シグナルを介した二個 体間の関係構築のメカニズムは, げっ歯類や霊長類(ヒトも含む) の母子やつがいの雌雄を対象に研 究されてきた。単なる親和関係と は区別され,特定の対象に対する 特別な結びつきとして,「絆形成」 と呼ばれている。上記の私たちの 実験結果は,単に愛犬家を喜ばせ るだけではない。用いられる社会  私が所属している研究室はイ ヌ 連 れ 出 勤OKで あ る。 そ の た め,4頭のスタンダード・プード ル(母とその子ども達)が,研究 室を自由に行き来し,勝手気まま に過ごしている。ある日,キュッ キ ュ と 音 が す る の で,PCモ ニ ターの横から覗くと長男がスリッ パを楽しそうに噛んでいた。私と 目が合うと,スリッパをそっと舐 め始めた。私がそのまま黙ってみ ていると,次第に歯をあて,私か ら視線はそらさずに上目遣いで キュッキュと音をたてながら,ま たスリッパを噛み始めた。その 間,私の頭の中では彼の一連の 行動が,「あ,みつかった」「で も,噛んでないよ,舐めてるだけ」 「怒らないの? だったら噛んで いい?」と自動的に翻訳されてい る。イヌを飼ったことがない人は 信じられないだろうが,私たちは イヌとみつめあい,その気持ちを 想像しながら,当たり前のように 話しかけ,会話をすることができ るのである。 視線を介した絆の形成  私たちがイヌに惹きつけられ, あたかも家族や親しい友人と会話 するように話しかけてしまうの は,イヌが視線をアタッチメン ト・シグナルとして使っているか らではないか。私たちはそう考 え,ヒトとイヌとのみつめあい 行動に注目し,イヌの注視にど

イヌとヒトとの

コミュニケーション

麻布大学獣医学部動物応用科学科講師

永澤美保

(ながさわ みほ) Profile─永澤美保 早稲田大学卒業後,企業勤務を経て,麻布大学大学院獣医学研究科動物 応用科学専攻博士課程に入学し学位取得。2017年より現職。専門は動物 行動学,比較認知学。著書は『日本の犬』(共著,東京大学出版会)など。 図 1 ヒトとイヌとの視線とオキ シトシンを介した絆形成の概念図

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26  ヒトの目は,横長で白目(強 膜)が目立つようになっている。 霊長類の中で強膜に色素がなく白 目になっているのはヒトだけであ り,横長の程度も際立っている。 樹上で暮らす種に比べて,地上で 暮らす種のほうが目の横長度は大 きいことから,水平方向での情報 量を増やすための適応であるとい われている。また,白い強膜の露 出が多いため,ヒトの視線方向は 遠くからでも検知しやすくなって いる。このような「何を見ている のかがわかりやすい」というヒト の目の形態は,ヒトの集団維持に 関連しているらしい。霊長類では 他個体との親和関係を維持するた めにお互いにグルーミングをす る。しかし,構成員数が多くなっ たヒト集団では,時間的にも物理 的にも頻繁なグルーミングは難し い。そのため,グルーミングの代 わりに,「視線」が意思疎通のシ グナルとして活用されたという説 がある(小林・橋彌,2005;ゲイ ズ・グルーミング仮説)。野生で は避ける・隠すものであった視線 が,ヒトでは積極的に交わす・表 すものとなったことで,大きな集 団を維持するための重要な機能を 担うようになったのである。 イヌの視線コミュニケーション  一方,イヌが指差しなどのヒト の非言語コミュニケーションの理 解に優れていることは,チンパン ジーやオオカミとの比較研究で示 されている。おそらく進化の過程 でイヌが独自に獲得したものであ ろう。イヌの家畜化・進化の過程 はいまだ不明ではあるが,ストレ ス応答システムの突然変異によ り,ストレスホルモンであるコル チゾールの分泌が抑制され,新奇 刺激に対してある程度寛容になっ たことで,ヒトという異種を受け 入れ,次第に意思疎通しやすい 「イヌ」になったという説がある (Hare & Tomasello, 2005)。コル チゾールの過剰分泌は認知や学習 能力にも影響を与えるといわれて おり,平たく言えば,イヌは「緩 くて柔軟」になったために,ヒト のやり方を取り入れることができ た,つまり,ヒトが感知しやすい 視覚コミュニケーションを身につ けたのである。もちろん,何もな いところから急にできるように なったわけではないだろう。上記 の「ゲイズ・グルーミング」を活 用する素地がイヌにあったと考え られる。イヌとオオカミの共通の 祖先種は地上で暮らしており,お そらくオオカミと同様に,狩りや 子育てを群れで協力して行ってい たはずである。また,オオカミは 明るい虹彩と黒い瞳孔のコントラ ストを利用して,仲間同士で視線 をコミュニケーションに使ってい るらしい(Ueda et al., 2014)。つ まり,イヌは野生種であった頃か ら,地上で,視線をコミュニケー ションに利用しながら,集団で協 力して暮らすというヒトと多くの 共通点を持っていたのであろう。 実は,イヌもオオカミも白い強膜 を持っている。オオカミはあまり 白目がみえないのに対して,ヒト へ要求があるときなど,イヌはか なりの頻度で白目を見せる(図 2)。白目をのぞかせる上目遣いと いうテクニックを,イヌがいつ獲 得したのかは不明であるが,少な くとも現在,私たちヒトとイヌと の「会話」の原動力となっている ことは間違いない。 さいごに  以上,「みつめあい」に焦点を あてて,ヒトとイヌのコミュニ ケーションについて説明してき た。あくまで仮説ではあるが,ヒ トとイヌとの間に多くの共通点が あり,それが種を越えた強い結 びつきを生み出しているといえ る。忘れてはならないことは,イ ヌは彼ら自身の社会をもっている ことである。家畜化の長い年月を 経て,ヒトに有利な性質や特徴が 選択され,現在の様々な品種をも つイヌになったのは事実である。 しかし,絆の形成や視線コミュニ ケーションのいずれも,もともと 哺乳類が共通に持つシステムであ り,イヌ科の野生動物が備えてい たものである。ヒトはそれを利用 したに過ぎない。イヌが持ってい る彼らの本来の世界に思いを馳せ ながら,末永く付き合っていきた いと思っている。 文 献

Hare, B. & Tomasello, M.(2005) Human-like social skills in dogs? Trends in Cognitive Sciences, 9, 439-444. 小林洋美・橋彌和秀(2005)「コミュ ニケーション装置としての目: 『グルーミング』する視線」遠藤 利彦(編)『読む目・読まれる目: 視線理解の進化と発達の心理学』 東京大学出版会 N a g a s a w a , M . , e t a l . ( 2 0 1 5 ) Oxytocin-gaze positive loop and the coevolution of human-dog bonds. Science, 348, 333-336. Ueda, S., et al.(2014)A comparison

of facial color pattern and gazing behavior in canid species suggests gaze communication in gray wolves(Canis lupus). PLoS ONE 9 (6), e98217.

図 2 生後 1 ヵ月ですでに視線で 訴えかけてくる

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